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東京高等裁判所 平成5年(ネ)5249号 判決

主文

一  原判決を取り消す。

二  第五二四九号事件被控訴人兼第五三〇五号事件被控訴人の各請求を棄却する。

三  訴訟費用は、第一、第二審とも第五二四九号事件被控訴人兼第五三〇五事件被控訴人の負担とする。

事実及び理由

第一  当事者の求める裁判

一  各事件控訴人ら

主文同旨

二  各事件被控訴人

各控訴棄却

第二  事案の概要

次のとおり付加、訂正、削除するほかは、原判決の事実及び理由の「第二 事実の概要」欄に記載のとおりであるから、これを引用する。

一  原判決七頁三行目を削り、四行目の「4」を「3」に、八行目の「5」を「4」に改める。

二  同八頁を七行目の次に、改行して次のとおり加える。

「なお、昭和四三年四月一日の亡佐助と正美との間の賃貸借契約は、亡佐助と被控訴人との賃貸借契約の更新のため締結されたもので、これにより正美が賃借権を取得することはないし、本件土地の賃借人が被控訴人であることを熟知していた正美が、自己のための賃借権に基づく占有を開始することもありえない。また、正美は、被控訴人が本件建物の所有者であることを知っていたのであるから、所有権保存登記をしたからといってその占有が自主占有に転化するものではない。」

三  同八頁九行目の冒頭に「1」を加え、一一行目の次に、改行して次のとおり加える。

「2 正美は、昭和四三年四月一日、被控訴人主張の賃貸借契約とは別に、亡佐助との間で本件土地を借り受ける旨の賃貸借契約を締結し、同土地の引渡しを受けた。したがって、仮に被控訴人主張の本件土地の賃貸借契約があったとしても、被控訴人は建物の登記をしていないからその賃借権を正美に対抗できず、その包括承継人である控訴人らに対してでも同様である。

3 正美は、過失なく本件建物が自己の所有に属するものと信じて昭和三三年一〇月九日その所有権移転登記を了してこれを占有してきたし、また、昭和四三年四月一日に前項の賃貸借契約を締結して過失なく自己に賃借権が帰属するものとして賃料の支払を継続してきたから、これらの日から一〇年の経過により、正美に仮に過失があるとしても二〇年の経過により、本件建物の所有権及び本件土地の賃借権を時効により取得した。よって、その包括承継人である控訴人らはこれを援用する。」

第三  当裁判所の判断

一  本件土地の賃借及び本件建物の建築前後の状況は、原判決九頁三行目の「原告は、」の次に「定次とその先妻との間に昭和二年八月一八日出生し、」を、九行目の「原告本人第一回」の前に「甲九、」をそれぞれ加えるほかは、同頁二行目から一一頁九行目までのとおりであるから、これを引用する。

二  ところで、被控訴人は、亡佐助から本件土地を賃借したのも本件建物を建築取得したのも被控訴人であると主張するが、これに沿う証拠は、原審(第一、二回)及び当審における被控訴人の供述を置いてほかになく、その供述も、賃貸借契約については、それまで一面識もなかった亡佐助から本件土地を借り受ける契約をするに当たり、これを定次に代行させ、建物の建築については、大工への指示を定次と共同でしたというものに止まっているところ、これらの供述から本件土地の賃貸借契約が亡佐助と被控訴人との間に成立し、本件建物を被控訴人が建築により取得したと認定することは、到底不可能である。却って、前記争いのない事実及び認定事実からすると、定次は、当時、妻子を疎開先である山梨に残したままの状態で、家長として一刻も早くこれらの者を呼び寄せ、被控訴人をも含めて同居できる建物の取得を必要としていたのであり、現に建物が建つや、妻子を疎開先から呼び戻し、被控訴人を含め本件建物に家族の住居を構えているところからすると、定次は、自己の住居とするために亡佐助から土地を賃借し、本件建物を建築したものと推認すべきである。一方、被控訴人は、当時、満二〇年に満たない未婚の学生で、定次を家長とする家族の一員であったことからすると、定次が、前記のような自己の必要をさしおいて、先ず被控訴人のための借地権の確保や被控訴人のための建物の建築に同意し、これに奔走したとは考えられない。

被控訴人は、定次は住み慣れ、自己の集金業務に便利な江東区に住居を構えることを望んでいたと供述するが、これを裏付けるに足りる証拠はないうえ、仮に定次がそのような望を抱いていたとしても、これを近い将来実現できる具体的な計画もないまま、先ず被控訴人のための住居を確保したとは考えにくい。

また、被控訴人は、復員後PXに勤務し多額の収入を得ていたのに反し、定次の収入は生活費を支出すると残りはなく、借地し、建物を建築する余力はなかった旨供述するが、昼間は大学に通いながらPXに勤務した被控訴人の収入を証する客観的証拠はないうえ、被控訴人の得た収入は、自己使用のための一部を除き当然のごとくに家計費として定次に渡し、いわば財布を一つにしていたと認められる(被控訴人は、日英自動車勤務後についてそのように供述するが、PX勤務の未成年の間にあってはなおさらであると推認される。)のであるから、この点から被控訴人の賃借権及び建物所有権を基礎付けることも困難である。

さらに、被控訴人は、本件賃借権及び本件建物の所有者が被控訴人であったればこそ被控訴人名義で煙草小売の営業許可が取れたし、昭和二九年に被控訴人名義で電話加入権を取得できたのも被控訴人が煙草小売の営業主であったからであると供述するが、建物所有者でなければ煙草小売の営業許可を得られないことを示す証拠はないばかりでなく、煙草小売の許可を昭和二三年一二月二八日付けで取得したのは正美であり(丙二一)、電話加入権を取得したのは定次であって(乙一四)、いずれも被控訴人でないことは証拠上明らかであるから、右の供述は到底信用できず、結局これらの供述も、被控訴人の本件賃借権及び本件建物所有権を基礎付けるものではない。

最後に、被控訴人は、本件土地の借り増しの際、定次の死亡の際、被控訴人が結婚に当たり本件建物から転居する際、本件土地の賃借権更新の際に、いずれも被控訴人が本件土地の賃借人ないしは本件建物の所有者として振る舞い又はこれに関与し、権利金や更新料を支出し、正美に使用を許諾したと供述するが、いずれについてもそれに沿う客観的証拠は皆無であって、前説示のとおり被控訴人の供述は容易に信を置くことができないものであるし、仮に正美に使用を許諾した事実があるとすれば、本件建物の所有権が真実正美に帰属したか否かはともかくとして、正美が本件建物を遺贈する旨の遺言(丙二)に及ぶはずはなく、また、仮に被控訴人がその供述のとおり、自己の本件賃借権及び本件建物の所有権の維持に腐心してきたのであれば、正美の遺産分割の話合いにおいて、その旨の主張を貫徹しなかったことも、その話合いの内容を記載したメモ(甲二一)に自己の主張が記載すらされていないのにこれを放置していたことも、到底理解しがたいこととなる。したがって、右各供述も採用できない。

本件に現れた原審(第一、二回)及び当審における被控訴人本人尋問の結果を含む全証拠を検討してみても、被控訴人の前記主張を認めることができない。

第四  結論

以上のとおりであって、結局、本件土地の賃借権及び本件建物の所有権は、そのいずれについても、これを被控訴人が取得したと認めるに足りる証拠はないことに帰するから、これらを前提とする被控訴人の本件各請求は棄却すべきであり、これと結論を異にする原判決は取消しを免れない。よって、訴訟費用の負担について民事訴訟法九六条、八九条を適用して、主文のとおり判決する。

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